新宿2丁目のニューハーフBARダイヤのママ、猪瀬真世さんは、お客様の「鎧」を脱がせる名人だった。
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「人情酒場」の由縁
新宿2丁目は、本来夜が深まるほどに賑わう街だ。そんな街にとっては、新型コロナは深刻な逆風。時短営業で店じまいを求められた午後8時は街が目覚める時間。ほとんどの店が、長い休業を余儀なくされた。
2丁目で人気の高かったニューハーフBARダイヤも例外ではなかった。
今年、BARダイヤは開店6周年。緊急事態宣言が解除されて1ヶ月半後、感染者数が抑えられていることを確認しつつ、慎重に6周年パーティを開催した。
「イベントを行うかどうかは、やはり悩みましたが、感染者数も下げ止まり状態でしたし、お客様のご要望も多かったので、思い切ってやりました。2年ぶりにご来店いただいたお客様もいて、やってよかったなと思います。お客様は私どもを、私どもはお客様を心配していたので、お互いの元気を確認して喜び合いました」と笑顔で答えてくれたのは、店主の猪瀬真世さん。
BARダイヤを「人情酒場」だと表現する人がいる。真世さんの気持ちに寄り添う接客は、お客様の鎧を脱がす。ありのままの自分でいられる場所になる。人情とは、人間のありのままの情感のことだ。
「人の距離感って大切だと思うんですよ。だから一歩ずつ相手の懐に入っていくような会話を心がけています。いきなり入りすぎない。でもだんだん深く入り込んで、相手の話を引き出し、それを親身に聞くことでちょっとした絆ができる。だから心を開いてくれるのかなと思います」
どん底からの復活
実は、真世さん、ここまで波乱万丈の人生を送っている。その経験が人の気持ちに寄り添う優しい接客に反映しているのかもしれない。
真世さんが家族と一緒に東京に出てきたのは26歳の時。きっかけは実家の家業の倒産。家族で一文無しからのやり直しを決意したところで、大黒柱の父親が急逝。他にもいくつかの不幸が重なり、住む場所も無くなり、生活保護を受けることに。
「精神的にも一杯一杯になっていました。当時のソーシャルワーカーさんに、しばらく心と体を休ませた方がいいと言われ、生活保護のお世話に。この時は、何かぼーっとしているような感じで、外に出るのも辛くて。1年半ぐらい過ぎたあたりで、少しずつ外に出てみようかと思えるようになり、そんな時、先輩が連れていってくれたのが2丁目のお店。リハビリの意味で、その店で週1日のアルバイトを始めることになりました。それが2日になり3日になり、最後はちいママとして働かせて頂きました」
最初は、生活保護にまで「落ちた」という意識が強く、自分を卑下していたという。しかし、開き直ってやりたいことをやって、わがままになってみようと思った。仕事や家族、世の中に合わせて生きようとするから窮屈になる。ありのままの自分を曝け出し、自分を解放できれば、視野が広くなる。
「2丁目で働き始めてからは、接客が好き、人を楽しませることが好きなんだと気づきました。もちろんはじめは上手くいかず、本当に悩みました。でも、自分が一生懸命何かを伝えよう、情熱を接客にだすことが大事なのだと気持ちを切り替えてからは、試行錯誤も楽しみながら働いてきました。“自分が変わらなければいけない”、という気持ちは強かったです」
そして、未来へ
新宿2丁目のBARダイヤは、来た人が鎧を脱ぎ、ありのままの自分になれる「人情酒場」だ。真世さんだからこそできた店だ。そしてそれは、あの波乱万丈人生があったからこそなのだろう。
「withコロナの時代、私たちは、今まで以上にプロ意識を持ってクオリティの高い接客を心がけなければいけないと思うんです。外に飲みに行く機会が減り、家飲みの楽しみも覚えてしまった人も多くいる。わざわざ店に来て飲んでいただくために、もっともっとサービスの質を上げていかないと。次の目標は10周年パーティ。そしてその後もずっとずっとこの仕事を続けたいから」
真世さんは、前を向き続ける。
取材協力:「ニューハーフBARダイヤ」東京都新宿区新宿2-7-2 3F 03-3350-8050
飲食業界誌「スマイラー」
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